Month: August 2017

SAN MINIATO AL MONTE 6

サン・ミニアート・アル・モンテ 6 報告

後日、知人に報告に行ったら、見せてもらうのに1ヶ月以上もかかったこと、それでも諦めない私の頑固さに呆れていた。僕の電話一本で足りたのに、とあっさり言われた。早く言ってくれればよいのに。しかし、直筆の文書と署名の重要性、推薦書や証明書の効力など、想像以上に保守的なイタリアの一面を知った。この経験は、仕事と私生活の両面で人間関係を円滑に進めるのに、15年経過した今も役立っている。眼界にサン・ミニアート・アル・モンテ教会が見えるといつも思う。完

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(画像はサン・ミニアート・アル・モンテ教会ファサード)

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SAN MINIATO AL MONTE 5

サン・ミニアート・アル・モンテ 5 名家礼拝堂のステンドグラス

寒い冬の早朝、とうとう礼拝堂の中に入ることができた。20世紀初頭にオーストリア随一のガラス職人を呼んで作らせたという、山吹色を基調としたステンドグラスの、外からは想像もできぬ美しさが、今も目に焼きついている。黄金の部屋のようだった。冬の冷たく青白い光であの美しさならば、うららかな春はどんなに美しいだろう、夏の強い太陽光では目が眩むかも知れない。規模も様式も全く違うが、パリのサント・シャペルと、チューリヒ大聖堂のシャガールのステンドグラスの感動が甦った。

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(画像はサン・ミニアート・アル・モンテ教会本堂内)

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SAN MINIATO AL MONTE 4

サン・ミニアート・アル・モンテ 4 大修道院長様宛懇願書

後日お坊さんからメールがあり、大修道院長様宛ての懇願書が必要とのこと。トスカーナ州製紙業最古の老舗マニャーニ社(ペッシャという田舎町にある)の透かしの入った高級手漉き紙に、鉛筆で下書きをし、インクとペンで丁寧に懇願文をしたため、修復学校在学証明書とカトリック堅信証明書のコピーを添え(怖い大修道院長様も信者には少しは親切かも知れないと考えた)、最新の綺麗な大型記念切手を貼り、蝋で封印して投函した。正に『薔薇の名前』の世界。数週間後にお坊さんから連絡があり「大修道院長様は貴方様の洗練された書簡をいたくお気に召され、いつでもお好きな時に礼拝堂をお見せしたいそうです」と、対応があまりにも違って拍子抜けした。

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(画像はサン・ミニアート・アル・モンテ教会本堂内)

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SAN MINIATO AL MONTE 3

サン・ミニアート・アル・モンテ 3 貴族の礼拝堂

ある時知人が、長期修復が終わった親戚の礼拝堂を見に行った、と言う。それは是非見たい。修道院に電話すればすぐ見られるとのこと。早速電話すると修道僧が出て「大修道院長様につなぎます」と言われ、『薔薇の名前』で覚えたばかりの「大修道院長」という言葉に震え上がったが遅く、数秒後に仙人のような声。冷や汗をかきながら事情を説明したが「だめ」と不愛想な返事の後、一方的に電話を切られてしまった。諦めきれず、数日後に再度電話したら同じ修道僧が出て、不憫に思ったのか「一度ミサに来てはどうか、その後話しましょう」と言う。後日、日曜のミサに参列し、ミサの後、修道僧に自己紹介し、本堂を案内してもらい、連絡先をもらい、帰宅。今から15年前、メールアドレスがあるなんてハイテクなお坊さんと思った。が、今朝サント・スピリト広場でスマホを持つ初老の修道女を目撃した。時代は変わったものだ。

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(画像はサン・ミニアート・アル・モンテ教会本堂内)

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SAN MINIATO AL MONTE 2

サン・ミニアート・アル・モンテ 2 墓地

サン・ミニアート・アル・モンテ教会はミケランジョロ広場(ジェロではなくジョロが正式らしい)より更に高台にある。そこから一望するフィレンツェの街並みは絶景だ。僧院を附設するベネディクト派の重要な教会で本堂の裏に墓地がある。パリのペール・ラシェーズ墓地(ルネ・ラリックの墓がある)もそうだが、日本の整然とした墓地と違い、欧州の墓は大きさも形も様々だ。名家の墓は立派な箱型の建物で、地上階に礼拝堂、地下に棺が安置されている。今は防犯設備が発達し日夜防犯管理されているが、昔は礼拝堂内の調度品が盗掘で荒らされ、教会も信者も頭を抱えていたそうだ。

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(画像はサン・ミニアート・アル・モンテ教会から一望するフィレンツェの街並み)

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SAN MINIATO AL MONTE 1

サン・ミニアート・アル・モンテ 1 薔薇の名前

少し時間がたつが、現代イタリア文学の偉大な作家ウンベルト・エコの訃報に代表作『薔薇の名前』を想った。イタリアで辞書を片手に初めて原文で読んだ思い出深い愛読書だ。彼の洗練された文章を読むと、外国語力向上には、母国語を磨くことが不可欠だと思う。母国語で思考できないことは、決して他の言語でも表現できない。私の母国語の語彙は、秀才ウンベルト・エコの足元にも及ばない。『薔薇の名前』を読み始めて「大修道院長」という宗教用語を覚えた。日常会話でこの言葉を耳にする機会がすぐに訪れる。「大修道院長」は聖職階級の中で高い位置にあり、ずしりと重みのある言葉だ。知る限りイタリア国内に58のベネディクト派僧院が存在し、他派の僧院を加えても、大修道院長職にある人は数少ない。

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SAN MINIATO AL MONTE – PROLOGUE

サン・ミニアート・アル・モンテ まえおき

フィレンツェにあるステンドグラス作品で、個人的に最も美しいと思うのは、サン・ミニアート・アル・モンテ墓地にある、某貴族の礼拝堂のステンドグラス。残念ながら一般公開はしていないが、不思議な縁あって15年前、礼拝堂内のステンドグラスを鑑賞する機会に恵まれた。

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(画像はサン・ミニアート・アル・モンテ教会ファサード)

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CATHEDRAL GLASS

ステンドグラスの思い出

17年前の旅ではイタリア5都市に加え、パリ、バーゼル、チューリヒ、ローザンヌ、ジュネーヴも訪れた。特に印象に残っているのが、スタイルが対照的な、パリのサント・シャペルのステンドグラスと、チューリヒ大聖堂のシャガールのステンドグラス。初夏の太陽光が差し込む環境で見た両作品は、どちらも息をのむ美しさだった。自分がミニチュア人形になって宝石箱の中にいるようだった。パリのシャガール作品ではオペラ・ガルニエの天井画が有名だが、ステンドグラスは初めて見た。構図が固いステンドグラスの印象を覆す、柔らかさ、軽快感、透明感、見事な色のグラデーションで、平面ガラスでこんな表現ができるなんて神業と思った。

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(画像はスティベルト美術館の装飾窓)

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VENETIAN GLASS

ヴェネツィア・グラスの思い出

17年前のイタリア訪問で、ヴェネツィアに行ったら、食器が好きな母への贈り物にヴェネツィアグラスの花瓶を買おうと決めていた。ヴェネツィアを発つ日の朝、開店と同時にある老舗に入り迷わず気に入ったものを購入した。その半年後、クリスマス休暇にパリからヴェネツィアを訪れ、また母に同じ店で同じ花瓶の色違いを買おうと再訪したら、店員の若い女性に「あなたは半年前に来ましたね、あれは土曜日の朝でした」と言われ、彼女の驚異的な記憶力に絶句した。季節も服装も髪型も全然違うのに。この人は接客業の鏡だと思った。今も会社経営の手本と思っている。私が再訪者のことをフルネームで記憶し、前回購入したもの、その色と柄、交わした会話の内容を覚えていると、写真的記憶力と驚かれるのだが、ヴェネツィアの彼女にはかなわないと、いつも心の中で思う。

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(画像はスティベルト美術館の装飾窓)

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ARTISTIC INSPIRATION – FRESCO

フレスコ画の思い出

初めてのイタリア旅行でパドヴァを訪れたのは、尊敬する人に「芸術的職業を目指すならパドヴァのスクロヴェンニ礼拝堂のジョットのフレスコ画だけは見てくるように、強く感じるものがあったら、厳しい芸術の世界でやっていくことができるかも知れない」と言われたため。長い修復が終わり、一般公開が再開して間もなかった。礼拝堂に足を踏み入れ天を仰いだ瞬間、雷鳴に打たれたような衝撃を受けた。ジョットが天空を表現するのに用いた青色の美しさは、万語を費やしても足りない。こんなに美しいものがこの世に存在すること、芸術作品が7世紀を経て今も尚、人々に感動を与えてやまないことに、体中に電気が走るような感覚を覚えたのを、今も記憶している。自分は美術品修復家になると心に決めた、思い出の場所である。

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(画像はサン・サルヴィ教会アンドレア・デル・サルト作『最後の晩餐』部分)

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